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FOOL THE APRIL

日常をなんとなく記録するブログ。

代案無き否定は許されざるべきか

雑文

ちょっと仕事中のネットサーフィンで見かけたので。

否定をするなら代案を出せ

目新しい意見ではないのだが、
これはどうだろう、というのが私の意見。


というのも、
否定するならば代案を出せ、
と言われたら、
感情を押し通すために
代案を立てる輩が出てくる事が予想されるからだ。


感情的な否定を行う者にとっては、
渡りに船だろう。
論拠は何でも良いのだ。
ついでに言えば、代案の中身も何でも良い。


だからこそ、否定の理由こそが大事になってくると思う。
代案の有無はこの際置いておいてよい。
現行案ではこの様な穴がある、
なので、代案を考えるべき、
でいいのではないだろうか。


完璧に考え終えた案を
ただの視点の違いだけでぶつけ合う会議なら、
しなくてもいいんじゃないだろうか。
事前に案を集めて、決選投票だけすれば
事足りてしまうのでは?

とか思っていたりするので、
大体、会議中の私の発言には代案が無かったりする。

有意提言、その案には穴がある。
代案を会議にて決定せよ。

とかでいいんじゃないかなあ。