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FOOL THE APRIL

日常をなんとなく記録するブログ。

川端康成はロリコンか

雑文

川端作品はたぶん読んだ事無いし、
読んだ事があったとしても教科書程度で、
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。(以下略」
程度しか知らない。
作者本人に付いても何も知らない。

しかし、死後何年も経って、
出す事も出来なかった手紙を
衆目の目に晒されている事については、
同情の念を禁じ得ない。

まあ、作中に件のロリとの思い出を
ちりばめているらしいので、今更なのかもしれないが。

ではなぜブログにこの話を書こうと思ったのかと言うと、
単純に納得出来ないからだ。

川端康成は、それはもう、紛う事なきロリコンである。
15歳の少女と、
お見合いでもなく理不尽があったわけでもなく、
恋愛の結果婚約してしまった22歳は、
間違いなくロリコンである。

それはいい。
別に良いのだ。
15歳と恋に落ちようと、婚約しようと、
結果としてロリコンであろうと、
それは全然構わない。

納得がいかないのは、
川端康成への世間の評価である。

件の手紙が2014年の世に出て、
改めて川端康成ロリコンであると
再認識されたにもかかわらず、
依然として川端康成キモいの声が上がらない。

ロリコン=キモいの図式が
真理の様に叫ばれ、
実在しない少女を愛でる事さえ
規制されようというこの世の中で、である。

何が初恋か。
何が純愛か。

どう言い繕ってみたところで、ロリコンではないか。
おまけに、文学に才のある学生ということは、ヲタではないか。
ロリコンなヲタ、つまりはキモヲタではないか。

以下、ロリコンと、
15歳の少女と婚約しちゃう22歳の男について
考察してみる。

1. ロリコンは性的倒錯者ではない

何かの免罪符であるかの如く、
ロリコンロリコンと連呼する人がいるが、
日本におけるロリコン小児性愛者と必ずしも同等でない。

ロリ禁止、非実在ロリも禁止のロリ禁先進国のアメリカにおける、
精神医学の診断基準(DSMⅣ)によれば、
小児性愛の対象年齢は、13歳以下とされている。

日本においても、 13歳未満の児童と性交渉を行った場合、
和姦か否かに関わらず無条件で強姦罪が適用される。

つまり、小児性愛者かどうかについては、
13歳にボーダーがあると思っておけば間違いないだろう。

ちなみに日本には、
真なる小児性愛者、すなわちペドフィリアについては、
ペドと略称され、ロリとは別に扱われる界隈もあるらしい。

まとめると、思春期以後の少女を好む気質を持つロリコンは、
小児性愛という精神疾患を抱えてはいない、ということになる。

つまり、ロリコンとは蔑称なのだ。

2. ロリコンて何よ?

古今東西の偉人がロリコンである事は、
今更隠す事も無いだろう。
ちょっとググればいくらでも出てくる。

枚挙に暇無い
変態どもの実名に関してはさておくとして、
むしろそうして変態の烙印を押された天才たち、
その彼らの評価者が漏らした言い訳について調べてみると、
どうやらロリコンにも種類があるようだ。

川端康成などは、
少女の無垢な、汚れなき魂を愛でていた、
などと評されている模様。

だから高尚で、単純にロリコン呼ばわりすんな、
というのが彼らの主張だと思うが、
それはちょっと苦しくないか?

ちなみに。
こんなブログ書いてしまう事からも分かる通り、
私も立派なロリコンである。

私は汚れなき魂を愛でたりはしない。
単純に性欲の対象である。

という様な事を書くと、
大人の女性と対等に向き合えない様な、
軟弱で惰弱な唾棄すべき蛆虫である、
これだからロリコン野郎は、
などと言われるのであるが、
なぜロリコンと、大人の女性云々が等号で
結ばれるのか、甚だ疑問である。

さらに私は、
紳士としてわざわざ言うまでもない事だが、
「YES ロリータ NO タッチ 」の精神を貫いている。
キーキー言われる謂れなど、全くないのだ。

もしかして、性的魅力において、
大人の女性と、中高生がイコールであるとでも
思っているのだろうか。

大人の女性が、
ただ道を歩いているだけの女子高生と
同程度の性的魅力を放つには、
全裸で股を開き、痴態を魅せる様な
工夫が必要であると私は感じている。

……まさかに
男の性欲と恋愛感情が
隔たりを持つものであると
知らぬ大人の女性はいるまい。

自分が高校生であった当時ならいざ知らず、
女子中高生のごときエネルギッシュな生物に恋愛感情を持つ事など、
正直正気の沙汰とは思えない。
そういう点では、川端康成、すげー、パねえ、と思わなくもない。
同世代で同じ様に成長を遂げたり、
親として見守るスタンスでなければ、
とてもではないが彼女たちに心から接する事は出来ないと、
私は思う。

故に、恋をするなら大人な女性である。

閑話休題

長くなったが、つまり、
汚れなき魂を求められようが
若い肉体を求められようが、
見られる少女の側からすれば、
どっちでもキモさ加減は変わらないだろう。

……やはりロリコンはキモいのか。

3. 純愛だから許容された?

否。
否である。

純愛に発展するためには、
まず許容が先だろう。

でなければ、
ただの変態、或いはストーカーの類いでしかないはずだ。

つまり、
なにコイツ、キモッ!
と言われなかった時点で、川端先生は勝ち組なのか……。

4. 当時の世相だから許容された?

よくコンテキストを考えろ、
などと言われるが、逆に問いたい。

明治時代のの14歳と、
平成の14歳。
14歳の魅力は時代と共に衰退したのか。

否。

むしろ増した。
肌色成分も性に対する知識も。

いやだから、当時はそういう時代だったから許されたんだ、
今はダメだろ、という方に真剣に問いたい。

なぜダメなのか。

昔と今の、何が違うというのか。

今も昔も変わらず少女はエロいというのに。
いやむしろ、身体の成熟度など、栄養状況から見ても、
現在の14歳の方が遥かに性愛に適しているじゃないか。

5. 40のおっさんじゃないし、7歳差だし

これも否、否である。
自分が中学生だった頃を思い出して欲しい。
大学生はおっさんである。
大学生なら大人で、
無条件でカッコいいなどと思っている
女子高生が実在する様な噂も聞くが、
否である。

大学生は大人であり、
おっさんである。

故に、7歳差だろうと、
15歳に恋して求婚したら、
ただのロリコンである。

てか、今軽く調べたら、
川端康成が初代と出会ったのは、
初代が13歳の時らしい。

ペドじゃん!

川端くん、あうとー。

飽きて来たし、結論

つまり、川端康成は紛う事無きロリコンである。

なんて堂々としたロリコンか。

ずるい。
私もロリコンがキモいと言われない
時代に生きたかった……。

発想の転換

ロリコン=キモい
川端康成ロリコン
しかし、
川端康成≠キモい

……つまりこれはあれか、
ロリコン=キモいの図式を撃ち破る
奇貨なのか。

発想の転換だ。

川端康成ロリコン
川端康成≠キモい
ロリコン≠キモい

ロリコン=キモくない

長々と一体私は何を語っているのだろうか……。