FOOL THE APRIL

日常をなんとなく記録するブログ。

気になったアレコレ

私は、某社の某工場で、某製品のFWを製造している。

と、見せかけて、
会社の設定したフィルタリングに引っかからない、
面白系・技術系のweb記事に目を通して一日の大半を過ごしている。

ん?
新機能の実装をしている?
ははは、引っ掛かったな、残念ながらそれはダミーだ。
私が通常の仕事をしている様に見せるのは、
あなたが傍にいる時だけだ。

某ブラウザでタブを開きまくり、
そうやって仕事をしているフリをしながら見ている
サイトのほとんどは、togetterか、はてブだ。

今日はその中から、いくつか気になった話題について
感想を述べたいと思う。

周回遅れなのは狙ったからであって、
決して書く時期を逸したからではない。

女性から見た異性配偶者の呼び方

なんだか複雑な世の中になったようで、
恐らくこの見出しの書き方にしても、
噛み付く人は噛み付いてくるんだろうな。

で、「旦那」とか「主人」とか、
そういう呼び方をするってどうなの?
おかしいんじゃないの?
だって、夫は私の雇用主じゃないんだから、
というお話。

彼女達は時代劇を見て、
「八丁堀の旦那」とか、「廻船問屋の主人」とか
そういう台詞回しを聞いた時にどう思うのかなあ、と。

時代時代で意味合いは変遷して行くものだけど、
自分の呼びたい様に呼ぶのも勝手だけれど、
他人がその伴侶を呼んでいるのを聞くに付け、
それにいちいち心の中でツッコんでいく
日常というのは、実に暮らし難そうだな。

それと、自分の主義主張が、
社会の「一般常識」とは食い違うものも
あるので、場に合わせた方が
摩擦が少なく生きて行けると思う。

いや、まさにその摩擦が
狙いなんだ、もっと考えろ、
っていうのは、
相手の都合を考えてやってください。

なんで私が我慢しなくちゃいけないの、
というのは家の中だけでどうぞ。

だからブログに書いてるんじゃん、
と言われればそれまでなのだけれど。

He For She

エマ・ワトソン様のお言葉。

もし今生まれて来た子供だけを相手に、
どこまでも自分の過去の経験を切り捨てて
子育て出来る親なら、
その通り!
と言えるだろうな、と。

これは本当に、
男女共々の問題だと思うのだけれど、
女性には女性の言い分があるのだろうけれども、
そして私を男性一般の代表にして良いのかどうか
分からないのだけれど。

現在の日本(=つまりは私の住まう環境)で、
子供の頃からのオンナノコへの依怙贔屓は、
大人になって社会へ出ても続いていて、
男が優遇されている事なんて何も無い。

男も男である事で苦労してるんでしょ、
解放してあげるから、
って言われても、ねえ……。
大抵の男は、それでも、って言うのが
男の矜持だと思ってるし。
たとえそれが洗脳によるものだとしても。

女性のためになんとかしようぜ、
って言われると、
正直子供の頃の理不尽な出来事の数々とかで、
協力しようという気が失せる。
そろそろ俺のターン、
回って来てもいいんじゃないかな、って。

性別による仕事や役割の偏りについては、
卵が先か鶏が先か分からないけど、
改善されたら男は3Kなインフラ系から解放されるのかしら。

収入に関しては、
結局長時間労働した奴が上に行くから
男の方が給料が高いんだ、
って話を聞いたんだが、どうだろう。
本当だとしたら、
私の給料はいつまでも上がらんな……。

結局のところ、
互いが互いの不平等について
愚痴っている間はダメなんだろうな。

外交やら交渉の様に、
男側からはこのカードを切るから、
女側からはそのカード切ってくれ、
って具合にやって行かないと、
一般大衆レベルでの確執は
消えて行かないんじゃないかなあ。

イスラム教圏とか、
未開発、発展途上国とは
また別の問題だろう、とも
思っている。

もし先進国で手法が確立したら、
そういう地域の方が効果が得やすいだろうな。

Hなコンテンツ

女性に冒涜的、って言われてもなあ……。
そういうのに描かれているのが「女性」と認識していいのか?
所詮はフィクションだぞ?

どんな学習マンガでも常に男が
馬鹿に描かれている事に憤りを感じる事はあるけれども、
それが冒涜的だとは思わないなあ。
だって、現実じゃないし。

ベビーカー論争

これ、論点が拡散しちゃってよくわかんないんだよな。

条件を超細かく設定出来るなら、
それぞれ議論してみても良いと思うんだけど。

とりあえず、朝のラッシュ時の電車に
ベビーカーで乗ってくるな、っていうのは
賛成。

だって、子供の安全、補償出来ないもの。
正直、小学校の低学年が足下にいるのも怖いです

大変なんだから、
便利な道具なんだから使うべき、
っていう論調には賛成なんだけれども、
まず大事なのは親の利便性より子供の安全でしょ。

抱っこ紐で括ろうがベビーカーだろうが、
満員電車で急ブレーキ踏まれた時、
周囲の人間で子供の安全が担保出来るか?
私は出来ないと思う。

あと、他人の助力をアテにする風潮もどうかと。

困っている人がいたら助けてくれる誰かがいる社会、
それは良い事だと思う。

でも、困っていたら誰かが助けてくれるのは
当然と思う人間はどうかと思う。

それと、困っている人を見かけた時に、
助ける事を強要される社会って言うのも嫌だな。

別の視点を出すんなら、
そうだな、朝の満員電車に
200kg近い力士が乗り合わせるのは
勘弁願いたい、ってのはどうだろう。

——

んーまあ、こんなところかな。
なんか見事に全部男女系だけど。
ではまた次回。