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FOOL THE APRIL

日常をなんとなく記録するブログ。

心のケアとか、よくわからん。

雑文

佐世保の、高1女子同級生殺害事件。
猟奇的な事件で、世間の注目を集めている。


この手の、
生徒が起こしたり巻き込まれたりする事件が起きると、
必ず言われるフレーズがある。


「生徒の心のケア」


例えばいじめ※が原因の事件で、
間接的(と本人たちは思っている)に関わった生徒が、
実は俺の所為かも、と
なにかしらの免罪符が欲しくて
相談する奴がいる、
というのはまあ、理解出来る。

※本当はいじめなんかなくて、
 ただの犯罪なんだけど。暴行とか恐喝とか。
 まあ、便宜的に、な。

或いは、
いじめがあったのは知っていたけど、
自分が的にされるのが怖くて、
または無関心で、
いじめを放置してしまった、
もしかしたら事件の発生を
止められたかもしれないのに、
とか。


ところが今回の事件の様な、
学校生活を背景としない※事件でも、

「心のケアを」

と言う教諭や保護者がいて、
どうやらそれは実施されているみたいだ。

※2014/07/30現在、
 特にいじめがあったとかの
 情報はないみたいだ。


たとえば、被害者生徒、或いは加害者生徒と親しかったとしよう。
まさかあいつがあんなことになるなんて、
とショックを受けるのも、まあうなずける。


しかし、だから何だと言うんだろうか。
ショックを受ける、悲しい、それはわかる。
だが、その感情の原因はすでに起こってしまって
変更しようのない事実で、
つまり遡上にあるのは己の感情だけだ。
己の感情が問題を作っているだけだ。


それを、「心のケア」とやらで緩和するのか?


だいたい、みんなそんなに、
本当にショックを受けるほど、親しいのか?

私がぼっちだったことはさておいて、
小中高と、クラスの中で、特定の誰かと
親密なグループって言うのは、
大きくても5〜6人で構成されていたと思う。

たとえ同じクラスでも、
数の上で言えば圧倒的大多数は、
ただクラスが同じなだけだ。
クラスメイトとはよく言ったものだな。

ただ同じ学校に通っていただけ、
ほぼ縁もゆかりもなく、話した事がない様な、
背景的な繋がりのまるでない生徒と言ってしまっても
過言ではない多数の生徒に、
心のケアとやらは必要なのか?



わからん。
心のケアとやらは、
生徒のショックを和らげ、
PTSDなどを緩和したり出来るらしいが、
一体何がそんなにショックなんだぜ?

中学生高校生ともなれば、
人が死ぬ事も、
地球のどこかで、
自分たちの考えも及ばない、
残虐非道な行いが行われている事も、
知ってるだろう。


それが身近で起きて、
実際に起こりうることなんだ、
現実なんだ、
と知ったと仮定しよう。


……ショックか?
備えていて、確認しただけなんだから、
大騒ぎする事でもないだろう。


教諭へのインタビューで、
インターネットで事件の情報を見て
ショックを受けている生徒もいる、
とかなんとか言っていたが、
自分で情報取得したくせに何言ってるんだろう、
と思ってしまう。


事実は事実で、
自分の中で消化するだけで、
何か相談する事があるんだろうか。


その消化を、
相談員やらに話す事で為そうとする、
その取り組みを「心のケア」と
呼んでいるのか?


わからん。
全くもって、わからん。


ショックを受ける生徒が
そんなにたくさんいる、ということも
理解出来ないし、
そういうショックを、
心のケアとやらで緩和する事が出来るというのも
わからん。
それ、騙されて洗脳されているだけじゃないのか?
自分で考えて自分で消化すべきじゃないのか?